2014年9月30日火曜日

災害時の流言、デマ


災害時の流言、デマ

 災害時の2次災害が「流言、風評」そして「盗難」です。今回、広島では、「コンビニではメディア関係やボランティアの人の買い占めがあり、品不足になっている。」という流言がインターネット上に広まったとのことです。しかしTBSが被災地近辺の5つのコンビニを取材してみると、実際は多めに仕入れをしており、買い占めや、品不足はなかったとのことです。(南海トラフ地震や首都直下型地震ではモノ不足は長期化しますので、備蓄は大切です。)


(3:11 津波被害の家、震災後盗難犯罪も発生した。)



流言とは、「事実の確証なしに語られる情報であり、根拠のない風説、うわさのこと」と定義されています。流言の中でも「悪意」を含んだものがデマ。

流言のタイプ
1.災害の前兆・予言に関する流言
2.災害、被害の原因に関する流言
3.災害直後の混乱に関する流言
4.災害状況に関する流言
5.災害再発に関する流言


1923年の関東大震災の時には「品川が津波でやられたらしい」「首相が暗殺されたらしい」「富士山が噴火した」「伊豆半島が沈んだ」などの流言が飛び交ったようです。情報が欲しいのに、情報が無い。そうすると流言が出回るのです。流言を防ぐには行政からの、具体的な、明確な情報が「早く」伝えられることが重要です。地域住民や避難所への避難者へは、被害状況の負の情報だけでなく、「安心情報」も伝えることを心がけて欲しいものです。今回、広島ではかなり早い段階から「心のケア」部隊が避難所に派遣されたようです。また、避難所では、ボランティアによる「温かい汁」が提供されました。そのような情報は「安心情報」の1つでしょう。平常時から防災および、災害に関する啓発を行い、根拠のない情報に惑わされないよう努めたいものです。


(関東大震災時の浅草)


風評は、「事実に反することや些細なことが大げさに取り上げられ、世間でうわさが広まり、特定の人物、業界、地域が被害を受けること。」と定義されています。主に経済的な被害を発生させます。マスコミ、インターネットで広まり、観光業者や農業関係者が被害を受け易くなります。

今回、広島では、ある特定の人種が窃盗をしているなどというデマもインターネットに広まったようです。こうした流言、デマは悪意、好奇心、恐怖、不安、時として敵意などの感情と深く関わっており、「連鎖的」であるとともに「拡散的」であり、情報はねずみ算式に広がっていきます。ツイッターでは字数も限られ、十分な説明のないまま、ワンフレーズが一人歩きします。しかも、瞬時に多数の人の目に触れてしまいます。根拠のない情報が一人歩きすると混乱や、さらなる不安、恐怖を煽る事に成ります。事実確認のためには、行政からの情報はもちろん、コミュニティFMが役に立ちます。

災害は人種問題や貧困弱者問題など、社会の潜在的な問題をあぶり出します。関東大震災時のように暴動、虐殺にまで発展することもあります。また、残念な事ですが、東日本大震災時も心無き人達による窃盗が行われたそうです。

防災、防犯ともに、近隣のコミュニティ力が鍵となりそうです。



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関東大震災時における朝鮮人虐殺




「9月、東京の路上で」という本を読みました。1923年関東大震災時に起った朝鮮人虐殺の証言集です。この東京で少なくも何百人単位の朝鮮人が東京の市民(自警団)によって殺害されたとはショックです。最近、歴史修正主義の流れの中で朝鮮人虐殺は無かったとの主張も出て来ていますが、内閣中央防災会議のリポートでも、この件は歴史的事実として記されています。詳しくは、

http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923-kantoDAISHINSAI_2/

1923年、9月1日、土曜日、午前11時58分、相模湾を震源とするマグニチュード7.9の大地震が東京を襲いました。死者行方不明者は10万人を超えました。大災害時には情報が寸断されたり、不足するので、流言やデマが飛び交います。「品川が津波にやられたらしい」「首相が暗殺された」など流言が飛び交いました。その中で次第に膨らんでいったのが「朝鮮人の暴動」でした。「朝鮮人が各地に放火している。」「朝鮮人が井戸に毒を入れて回っている」

朝鮮人が、朝鮮人が・・・朝鮮人暴動の流言は地震当日の午後、横浜と東京の一部で発生し、夕方には実際に朝鮮人の迫害に帰結したといいます。

その流言を信じた人々は恐れて、防衛のために町内会で自警団を立ち上げ、「暴動」に備えたのでした。それが嵩じて路上で朝鮮人の疑いがある者を殴ったり、殺したり、警察に突き出したりしました。そのデマを警察や行政までもが信じ、「お墨付き」の警戒情報を流してしまったのです。そして軍や警察も虐殺に加担していたようです。当時、特高警察(公安)のトップであった正力松太郎がのちに書いているところによると・・・「しかるに、鮮人がその後、なかなか東京に来襲しないので、不思議におもっているうちようやく夜の10時ごろに至ってその来襲は虚報なることが判明いたしました。・・警視庁当局として誠に面目なき次第であります。」司法省の報告では、朝鮮人に間違えられて殺された日本人も58人いたと言います。

今日、右翼化が進み、排外主義、ヘイトスピーチが見られる中、首都圏直下型地震が起った時、どうなるのか心配です。過ぎ去った過去の話ではありません。

悲惨な記録の中で、ひときわ励まされた記事がありました。以下、引用してみます。

「小山駅前では、下車する避難民のなかから朝鮮人を探し出して制裁を加えようと、3000人の群衆が集まった。この時一人の女性が、朝鮮人に暴行を加えようとする群衆の前に手を拡げてたちはだかり、『こういうことはいけません』『あなた、井戸に毒を入れたところを見たのですか』と訴えたという逸話が残っている。1996年、この女性が74年に92歳で亡くなった大島貞子という人であることが、『栃木県朝鮮人強制連行真相調査団』の調査で分かった。彼女はキリスト教徒であったという。」

震災後、政府はこの問題をどう扱ったのでしょう。 

「朝鮮人団体や労働組合、キリスト教徒などは震災直後から抗議集会、あるいは追悼集会を開いたが、それらは警察の強硬な取り締まりを受けた。集会では朝鮮人が声をあげると、たちまち集会への解散命令が下り、警察隊がなだれ込んでくるのが常であった。政府は虐殺の事実を忘れさせたかったのである。」

戦後、行政の妨害を受けずに住むようになると、在日朝鮮人による追悼碑の建立が各地で行われ、日本人が主導する碑の建立もあらためておこなわれるようになったそうです。


何とか、顔の見える「防災コミュニティの創出」を震災前に作り、このような惨事を再び起こさないようにしたいものです。

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「9月東京の路上で」1923年関東大震災 ジェノサイドの残響
                加藤直樹著 発行者:ころから

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一般社団法人 災害支援団体 クラッシュジャパン
次期東京災害対策担当
日本防災士機構公認 防災士
栗原一芳
contact@crashjapan.com

2014年9月8日月曜日

広島の土砂災害に学ぶ事





今年の夏はたて続けの台風豪雨で九州、近畿に大きな被害が出ました。今回、広島では8月20日の豪雨による土砂災害で70名以上の死者が出ています。土砂災害危険地域は全国で52万箇所もあります。日本列島は7割が山地、しかも、世界で4番目の多雨国。国土の10%の洪水氾濫区域に、総人口の約50%の人々が居住しているのが現実です。ですから 災害は「起ります」。「想定外」という言い訳ではなく、私達は自然災害大国に住んでいるという自覚が必要です。備えは悲観的に、震災後はポジティブに。ちなみに通常、死者行方不明者の数が日に日に増えます。災害直後は混乱状態で被害状況を把握できないからです。時には「情報が無い」ことは「被害が無い」のではなく、「被害が大きい」ことの情報でもあり得るのです。今回の広島土砂災害を防災の観点から検証してみたいと思います。


住民は自分の地域のことをよく知っておく

1)自分の住んでいる地域のことをよく知る。避難所の確認は言うまでもなく、地形、危険箇所、ガソリンスタンドや化学工場などの危険な場所、逃げる時障害となるものなども確認しておきましょう。海抜が低いところは津波などで浸水、水が長期引かない恐れもあります。今回、広島で被害の出たところは花崗岩が風化して出来た柔らかい「まさ土」で、これが被害を大きくした原因の1つと言われています。水に浸かると摩擦力が少なくなり滑り易くなる性質があるそうです。県域の2割はこうした土壌であるそうです。土壌にかかわらず、斜面、崖上、崖下は危険地域です。被害のあった住宅地は10%の勾配斜面に立っており、上から流れて来た土砂のスピードがあまり落ちなかったようです。やはり、自分の地域を知っておくことは大事です。

2)ハザードマップを役所から入手し活用する。こちらのサイトからも入手できます。
  http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/suigai_taisaku/index/menu03.htm

ハザードマップは洪水時の被害予測を示しています。ただ、浸水は河川の近くだけでなく、都心のど真ん中でも起ります。豪雨などで、短時間に多量に雨が降り、排水が十分でないとたちまち道路や地下道、地下街が浸水してしまいます。これを内水氾濫といいます。ハザードマップはあくまで目安で、危険マークがない所でも災害は起る可能性があります。安心しないで、様々なことを想定してみることは必要です。



避難とは難を避ける事であって必ずしも避難所に「行く」ことではありません。
豪雨の時は避難所に行く途中に流される危険もあります。避難所が危ない場合もあります。木造住宅に囲まれた公園などは大地震の時、火炎と煙に取り囲まれます)。水害、土砂災害に関しては垂直避難(遠くでなく、上へ)、また斜面の反対側の部屋へ。地震や放射能災害の時は鉄筋コンクリートの新しいビルの中が比較的安全です。


被災者が先ず、知りたいのは「何が起きたのか、どの程度の被害なのか、自分達のいるところはどういう位置づけなのか」「余震や、二次災害は?」です。緊急避難バッグの中に携帯ラジオがあると役立ちます。とくにコミュニティFM地域限定の詳細な情報が提供されますので役立ちます。また災害時には、デマや流言がインターネット上に飛び交いますので、信頼できる仲間同士でのフェイスブック、ライン、ツイッターなどでの情報交換が心強いです。




防災担当者へ、今後に生かす教訓

ここに書く事は決して行政の人達を責める意味ではありません。市職員は限られた人数で、またパニック状況の中でがんばってくださったことを承知しています。また、災害が深夜の豪雨の最中に起こり、避難が難しい状況だったことも分かります。ただ、今後のために検証してみましょう。

1  消防署に入って来た気象庁からの「今後1時間に70mmの降雨量の恐れ」という警戒ファックスを見落としてしまった。

とにかく、災害時にはパニック状態になり、こうした最も大事な情報を見落としてしまったりします。この状況下では、最も大事な情報だったのではないでしょうか? 危機の時の情報収集は命にかかわります。今後、情報収集だけに専念する責任者をはっきり決め、ファックス機の前にから離れず、優先ファックスに赤印をつけて、意思決定者に即持って行く体制が必要です。危機管理チームは、意思決定者の下に、情報収集担当、記録担当(後の検証のため)、通達/連絡担当の最低3役が必要です。会社、団体でも同じです。少しでも混乱を避けるため、前もって役割を決めておくことが大事です。

2. 警報サイレンが鳴らなかった。

誰が鳴らす判断をするか決まってなかったといいます。 「誰かがやる」は、「誰もやらない」と思ってください。防火管理においては、消防への連絡係、初期消火係、避難誘導係の3役を決めておくことになっています。そうしないとパニックの中、誰かが通報するだろうで、結局、連絡が遅れるという事態も起こりえます。ただし、豪雨の時はサイレンが聞こえない場合もあります。そうすると緊急メールが役立つのですが・・・

3.「緊急メール」を配信していなかった

  広島市の土砂災害で、市が発生当日に避難勧告・指示を住民に携帯電話で  
  伝達する「緊急メール」を配信していなかったことが4日、市への取材で
  分かったといいます。緊急メールは事前登録の必要がなく、市内にいる人
  の携帯電話に大きなアラーム音とともに避難情報を一斉配信する有効な情
  報伝達手段で、配信されていれば被害を軽減できた可能性があり、市は対
  応に問題がなかったか検証するようです。市は発生当日の8月20日、
     「(避難勧告・指示の対象地域より広範な)市全域に届いてしまう」として使用
  せず、配信地域が限定できる防災情報メールを配信してたのです。ただ、
  防災情報メールは事前登録が必要で、登録件数は市人口の4・7%にすぎ
  なかったのです

4.想定外の土砂が下流の住宅地に流れ込んだ

  ニュース記事によると・・
 「 広島市土砂災害で、大きな被害が出た安佐南区八木地区で、土石流の 
  発生起点が、広島県の想定より最高で約200メートル高い斜面だったこ
  とが31日、土木学会などの調査でわかった。広島大の土田孝教授(地盤
  工学)は、「想定よりも山奥で崩壊が発生したため、下流の住宅地に予想
  以上の土砂が流れ込み、被害が拡大した可能性がある。危険渓流の範囲を
  どのように設定したらよいか、基準について再検討すべきだ」と話してい
  る。」

  正確なハザードマップを作ること。それを住民に認知させ活用させること
  その両方が必要です。ハザードマップの作成は市町村に義務付けられていますが、
  マップがあっても、住民が知らなかったり、活用していなかったりするケースが多い
  です。危険地区には行政が日頃からチラシを配るなどして危険地域であることを認知
  してもらう努力も必要ではないでしょうか? 




次期首都圏地震に向けて

都心で大地震災害が起るとどうなるのか?想像力を働かせて考えてみましょう。

関東を襲う次期大規模災害は複合災害となります。家屋倒壊、広域同時多発火災、地割れ、ガス漏れ、電線ショート、停電、爆発、津波、浸水、落下物、液状化、そして二次的問題としての長期停電、長期食料不足、医療パニック、暴動、窃盗、瓦礫処理、インターネット上のデマによる混乱、仮設住宅スペース問題など。それに放射能汚染が加わるかも知れません。
(写真右下は関東大震災時の火災旋風)

行政の避難勧告遅れが指摘されますが、避難する住民の側にも問題があります。いわゆる「正常バイアス」です。「自分は死なないだろう」「ここには被害が及ばないだろう」と大多数に同調して何の根拠もなく「安心」してしまうのです。「みんながここにいるから大丈夫だろう」と避難しないのです。そして災害に会ってしまったケースが多いのです。「率先して避難」することも大事です。






長期的な避難生活については冷静に判断してください。避難所は通常満員になります。プライバシーもなく、ストレスが溜まります。家が住める状態なら自宅避難がいい場合もあります。ただし、その場合は物資が届かない可能性もあるので、近隣へのボランティア活動(物資のお届け)が始まってから連絡して、移るのが良いかも知れません。病院も満員になります。生命にかかわるシリアスなケースのみ受け付けることになります。軽傷は自分で手当てできるようにしておきましょう。おそらく一番現実的に役に立つのは救急手当の訓練でしょう。止血や包帯の巻き方など、消防署や赤十字での訓練を受けておくのが望ましいです。誰もがお互い助けられる状態にしておきましょう。被災者が被災者を助ける事態となるのです。




震災直後は、長距離は移動できないので、コミュニティFMなど地元情報が一番役立ちます。住民も行政まかせではなく、主体的に自らの地域について調べ、指定されている避難所の安全状況などを確認することも必要かも知れません。通常は行政お任せ8割、自分2割くらいの感覚ですが、防災に関しては自分8割、行政2割くらいのつもりで取り組むのがいいのではないでしょうか?ある市では市が率先して市民災害ボランティアを養成し、災害時のボランティアセンター立ち上げの働きをしてもらうことにしています。まだまだ避難所の受け入れ態勢が十分でないところが多いようです。

防災課の職員も限られているので、やはり、住民の主体的な行動が大切になってきます。古くから住んでいる方々はネットワークがありますが、新興住宅地の場合、お互いを知らないケースも多く、また古くから住んでいる人達のグループと新しい移住者のグループとの交流もない場合があります。意図的なコミュニケーションの「場」つくりが課題となってきます。
 
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一般社団法人 災害支援団体 クラッシュジャパン
次期東京災害対策担当
日本防災士機構公認 防災士

栗原一芳
contact@crashjapan.com






2014年8月20日水曜日

防災には想像力が大事



 防災に大事なのは「想像力」です。3:11の時、「想定外」という言葉が流行ましたが、前もって大きな地震が、今、ここで起ったらどうなるんだろうと想像してみる事が震災の備えをする上でとても大事になってきます。


正しい緊張感を持って

3:11の時、東京都心では震度5強で、高層ビルがなびくのを見て恐怖を感じた人も多かったと思います。今年の前期、名古屋と大阪で、防災啓発セミナーを行いましたが、危機感に大きな違いがあるのを知らされました。実は3:11の時、名古屋、大阪では揺れを体験なかったからでしょうか。今後30年で70%という発生確率の南海トラフ地震では、名古屋、大阪では5mの津波が押し寄せ、最悪の場合、JR大阪駅、JR名古屋駅まで浸水するという予測が出ているにもかかわらず、緊張感はさほど無いように見受けました。100年、200年先の話ではありません。今後30年で70%ということは、30年後に70%なのではなく、「今日から30年の間に」という事であることを忘れないで欲しいです。




東京でも3年半も経つと、少し緊張感が無くなってきている感じもあります。しかし、日本列島ではかつてないほど、大きな地震が多発しています。今年に入って四国の伊予で震度5強、最近も青森で震度5がありました。東北の余震も続いています。また、関東付近では房総南東沖で震度2−3の地震が多発していますし、8月16日には伊豆大島で震度3の地震も起っています。油断できない状況です。「もしも」から「いつも」の備えが必要です。


その瞬間は何もできない

現実、震度6以上の大地震の瞬間は固まってしまい、「何も出来ない」と考えておいた方がいいでしょう。とにかく身を低くし、隠れ、しっかり掴まり、やたらと動き回らないようにすることです。最近は、Shake Outというシンプルな防災アクションが世界的に広がっています。



むしろ、大きな揺れが一旦収まった後、どうするかです。スナックなど狭い地下の部屋や海岸近くの地下鉄駅にいる場合はともかく地上へ出て、なるべく高いところへ避難する必要があるでしょう。


都心の道路は上から落下物がある、電線がキレて垂れ落ちてくる、ガス管、水道管が破裂し、吹き出すなど危険に満ちています。できるだけ、頑丈なビルの内部に留まったほうが良さそうです。「いつも」の備えとして自分が時間を多くすごす職場のデスクなどでは、周囲に倒れてくるもの、落ちて来る物が無いように整理しておいてください。レストランやお店では出口、避難口を確認し、頭上に危ないものが無いか確認してください。「上、下、周り」に何があるか確認しておくようにしましょう。






インテリアの直撃に注意!

自然災害の死の多くは自宅屋内で起っています。大きな地震の場合は家具や物が倒れてきます。就寝時が一番、無防備なので、寝室の物の配置に注意しましょう。家の耐震化、家具の固定が防災の基本です。阪神淡路大震災ではインテリアや、テレビのリモコンが水平に飛んで来たということです。震度6以上ですと、物の直撃回避と避難経路の確保が大事になります。いざ、逃げようにも落下物や転倒した家具などで出口が塞がれてしまうケースがあります。本棚の本やCDは床に飛び出します。ぶら下がった照明は落ちてきます。また割れたガラスで床が歩けないということもあります。モノがあちこち飛び散り、配置が変わりますので、緊急用ライト、メガネケースなどは枕元に、部屋にはスリッパを用意しておきましょう。大きい地震では家が傾くこともあり、緊急持ち出しバッグも押し入れの奥に入れておくと、取り出せなくなる場合もあります。


火は危険!

地震直後は、状態は元のままではありません。物を取りに帰る時など注意が必要です。壁にヒビが無いか、家が傾いていないか確認してください。余震で家が倒壊することもあります。また、ガス漏れなどがあり、不用意に火を使わない事が重要です。暗い場合はライターではなく、手回しライトなどを使ってください。




大震災が起るとどうなるのか?

ちょっと静まって、想像してみてください。特に都心では電気に頼った生活をしているので、電気が止まるとどうなるかです。電気が止まれば、水も止まり、情報連絡手段も止まるということです。ライフラインが突然止まったら?それは・・・


ライフラインが止まる。それは原始生活以下になるということです!


さらに、どうなるのか「地震イツモノート」(ポプラ社)から引用し、コメント付けてみます。


   明かりがなくなる。

闇は精神的に恐怖を与えます。明かりが無いのは相当に辛いことです。ろうそくでもランタンでも、少しでも明かりがあると安心できます。真っ暗闇では食事も喉を通らないですよね。携帯やスマホも闇の中では結構明るく役に立ちます。手回しライトや電池で光るランタンなどを用意し、電池も多めに備蓄しておくといいですね。ちなみに、3:11時、東京都心では停電しませんでした。レストランやコンビニは通常営業でした。今度の首都圏直下では都心は真っ暗闇になってしまいます。これは大きな違いです。お店もレストランも真っ暗になるのです。そしてあたりでは、火災が発生しています。都心で電気が無いということはまさに原始生活以下の状況になってしまうのです。1家庭では難しい物を共同で購入するのも一案です。ある町内会では、発電機や救出用のバールやのこぎりを用意しているところもあります。



   情報はなくなる

TVのニュースは見られません。インターネットが手放せない私達ですが、停電となれば家のWifiルーターもインターネット電話も切れてしまいます。こんな時、ラジオは力強い味方でしょう。携帯ラジオは必須です。手回しライトにラジオが付いているものもあります。(写真)また、できればスマホも2日以上保つもの(2600アンペア以上)をお勧めします。






   掃除はできない

とにかくモノが散乱していますが、停電なので、電気掃除機もつかえません。阪神淡路ではガムテープが役立ったそうです。


   連絡は取れない

お父さんが都心で仕事をしている時、大地震がると3日から1週間帰って来れない事態も発生します。携帯は通じないでしょうから、NTTの171サービスなど、前もって安否確認の方法を家族で話し合っておく必要があります。家が全壊などの場合に行く避難所も確認しておくほうがいいでしょう。


   水はなくなる

普段から水をためておく重要性はいくら強調しても足りないくらいです。

3日から1週間分必要です。飲み水の他、生活用水(トレイを流す、洗濯をするなど)が必要になります。風呂に水をためるのも一案ですが、高層ビルの上階では長周期地震動で半分以上こぼれてしまう可能性もあります。ペットボトルを何本か置いておく。理想はスペースがあればポリタンク(20リットル)に水を満たし2−3つ備えておくことです。ヤカンや湯沸かしポットなど、水が入る物には常に入れておくのを習慣にするといいでしょう。給水が始まっても、水は結構重く、運びにくいことも覚えておきましょう。ここでも空の大きいペットボトルは役立ちます。



   食べ物はない

最低3日分の食料の備蓄。これがあるとないとでは命の分かれ目となる可能性があります。コンビニからはあっという間に物が無くなるでしょう。缶詰など余分に備蓄しておきましょう。ただ辛いものなどは喉が渇き、余計に水を必要としてしまうので注意しましょう。カセットコンロがあればお湯がわかせてカップ麺なども食べられます。通常の震災では3日もすると水や食料の配給が始まりますが、南海トラフや首都圏直下のような国難時には、食料不足が長期化する可能性があります。ちなみに食器やテーブルも使えないかもしれないので、食事がまともにできません。お皿洗いもできないので、サランラップを皿に巻いて使う等の手があります。缶詰があっても缶切りが見つからなくて開けられないということがないように。できれば缶切り無しで開けられるスタイルのものが望ましいです。


   着替えがなくなる

衣類が取り出せなくなったり、火災などで消失してしまうかも知れません。
避難所にもっていく緊急バッグの中に下着も数枚入れておくといいでしょう。女性は生理用品などの備えも必要です。阪神淡路時には下着をタオルで代用ということもあったようです。

   足場は悪くなる

屋内も屋外も瓦礫やガラスで足場が悪くなります。底のあついスニーカーなどが必要です。車は使えないので、自転車を使用することになります。

   ホコリはまう

阪神淡路時、現場ではホコリ問題が最大の問題の1つでした。マスクやレインコートが役立ちます。とにかくマスクは仕事カバンにも1つ入れておきましょう。また、コンタクトレンズ使用の方、震災後はメガネということになります。

                (防災服のイメージ





   閉じ込められる

家具が倒れたり、家がゆがんだりしてドアが開かなくなることがある。トイレなど柱が多いところが比較的安全と言われますが、閉じ込められる危険性もあります。避難する場合はドアを少し開けておきましょう。シャッターは歪みで開かなくなることがあるので、他の出口も確保する必要があります。とにかく逃げ道を確保。入り口近くに家具を置かない。閉じ込められた時は居場所を知らせる。屋外でも物の下敷きになったりして動けなくなることもあります。そのため笛を携帯しているといいですね。

   ものは取り出せない

せっかく緊急用バッグを用意していても、押し入れの奥にあって取り出せなくなる可能性もあります。震災後の部屋は元の部屋ではありません。あらゆるものが散乱しており、いつものところにいつものモノは無いのです。モノが見つからなくなることを知っておきましょう。懐中電灯などは各部屋に置いておきましょう。家族が一人ずつ1本寝床に用意しておくのが望ましいです。いっぺんにはすべて持ち出せないので一次持ち出し品と二次持ち出し品と分けておくのが望ましいです。以下、阪神淡路の被災者の証です。

「普段からバッグの中にはスカーフ、大判のハンカチ、食品用のビニール袋、小銭、カード(当時、通帳があってもハンコがなければお金を出してくれなかったから)マジックを入れている(ビニール袋にどこに逃げたかを書いておける)。鍵、携帯はかばんに繋いでいる」


   町の風景が変わってしまう。

阪神淡路では、ある地域は一面焼け野原になってしまい、すっかり風景が変わってしまいました。そうすると土地勘が狂ってしまいます。今後の首都圏直下では環七沿いの木造密集地帯で火災が発生し、焼け野原となる可能性があります。歩いて帰宅する際、風景がまったく変わってしまう可能性があります。特に夜はさらに移動が困難になります。地震直後は、すぐ近くの避難所であっても近隣の家が火災で、煙もすごく、思ったように前へ進めない可能性もあります。

   弱ってしまう

地震直後は、気力も体力も減退してしまいます。「我だけという人ばかりではダメ」「一人では何も思いつかなかった。二人、三人いればなんとか思いつくんでしょうね」

避難所の生活は精神的にも、肉体的にも厳しいものになります。夜も人の話し声、照明、また夜中に物資が届いたりで、なかなかゆっくり寝られません。急にプライバシーが無い生活に入ります。震災後はサバイバルです。不健全な生活を改め、普段から健康体でいることが意外と大事なことになります。




阪神淡路では被災者は30万人、救助隊は1万人。まわりには怪我した人がいる。その状況の中で、近隣、地域コミュニティの力がとても大きいものとなったのです。自力脱出困難者の8割は近所の人に助けてもらったのでした。


「隣の人とあいさつしている。それが大きな防災でした。」

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一般社団法人 災害支援団体 クラッシュジャパン
次期東京災害対策担当
日本防災士機構公認 防災士

栗原一芳
contact@crashjapan.com